テクニカル・インサイト
第十二回:2011年を振り返る
[Reported by 西川善司]
Part1
2011年最後になるテクニカルインサイトでは、2011年のゲーム業界やゲームグラフィックスの動向を振り返りつつ、総括する内容で締めくくりたいと思います。
新型の携帯ゲーム機登場に沸いた2011年
思い返せば、今年、2011年は、携帯ゲーム機の新ハードが話題の中心になることが多かった年でした。昨年の2010年春、次世代携帯ゲーム機が開発中であると予告して先手を打ったのは任天堂の「3DS」でした。
デュアルスクリーンという従来機の「DS」のコンセプトを継承しつつも、基本的なグラフィックス性能を劇的に向上させ、なおかつ3D立体視に対応させたことは大きな話題を呼びました。
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| 今冬には新色も追加された「3DS」 |
グラフィックスコアは、ここ最近のゲーム業界動向としては珍しい日本のDMP(ディジタルメディアプロフェッショナル)社製の「PICA200」が採用されました。「PICA200が"ピカチュー"の語呂に似ている」というジョークも当時は語りぐさになりましたが、この採用はある意味「とても任天堂らしい」方針だったといえます。
任天堂は、Wii以降、ハードウェアスペックよりは「何をユーザーに遊ばせるか」を重視してハードウェア仕様を決定しており、PICA200は「時代に合ったほどよいハイスペックさ」と「そのパフォーマンスの予測のしやすさ」が決めてとなって採用されたと言われています。
現在は、iPhoneをはじめとしたスマートフォンでプログラマブルシェーダが動く時代ですから、3~5インチの携帯機器の画面でもそこそこのリッチな3Dグラフィックスにユーザーは見慣れてきています。ただ、携帯機器に搭載されるグラフィックスコアはシェーダが動くといっても、動かした途端にパフォーマンスが劇的に低下してしまう場合が多く、確かにより性能が高いものも存在するのですが、そちらはタブレット向けの消費電力をある程度見込めるハードウェアと組み合わされます。
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| 任天堂3DSに採用されたグラフィックスコアは国産の「PICA200」だった |
一方、DMPのPICA200は、プログラマブルシェーダのポテンシャルはないのですが、プログラマブルシェーダによって構成される(≒プログラムされる)定番のシェーダパーツ群をハードウェアで提供することで、それを組み合わせてプログラマブルシェーダ的な表現が出来るようになっています。いわば定番シェーダプログラムの部品をハードウェア・ライブラリとして提供するというイメージです。
これをDMPではプログラマブルシェーダに対して「コンフィギュラブルシェーダ」と呼んでいます。
プログラマブルシェーダは、グラフィックスの多様な表現をソフトウェアで実現するアーキテクチャで自由度は高いものの「命令をデコードして実行する」というソフトウェア実行のプロセスが必要になります。これはハードウェアとしては複雑ですし、メモリアクセスも頻発します。頻発するアクセスを低減するためにはキャッシュシステムが必要になりますが、そうなるとさらにハードウェアとしての複雑度が増していきます。またプログラマブルシェーダには、構成したシェーダプログラムがどのくらいの実行速度で動作するのかを見極めにくいという特質があります。ハードウェアの負荷状況に応じてソフトウェアの実行速度が異なってくるという体験は、日々パソコンを使用していても経験済みのはずです。
コンフィギュラブルシェーダにプログラマブルシェーダほどの自由度はありませんが、定番のシェーダ部品を組み合わせることはできるので、ある程度の自由度は提供され、それなりに多様な表現を作り出すことができます。各シェーダ部品はハードウェアの機能として提供されるのでソフトウェアの実行は必要なく、メモリアクセスも最低限に押さえられ、そのシェーダ部品の駆動には適当なパラメータを与えるだけで済みます。シェーダ部品としての機能はハードウェア実行されるので厳格なスループットタイムを見繕うことも可能であり、あらかじめ想定したパフォーマンス予算の中で表現を決めていくことが可能になります。
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| OpenGL ES1.1の範囲内でレンダリングした結果 |
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| PICA200のコンフィギュラブルシェーダを用いたレンダリング結果。 コンフィギュラブルシェーダによって実現された微細凹凸表現の存在に着目 |
コンフィギュラブルシェーダが、プログラマブルシェーダを完全に置き換えるような未来がやってくることはないと思いますが、上質なグラフィックス表現と良好なパフォーマンスをバランスして両立させる中間技術としては魅力的な技術といえます。特に、携帯機器などの組み込み向けのグラフィックスソリューションとしては有望な技術といえるでしょう。
3DSは、2011年2月26日に発売されました。今年前半は過去作の焼き直しタイトルが中心だったこともあり、プラットフォームとしての出だしは苦戦したようですが、年末商戦は人気のマリオシリーズなどの投入によって盛り返してきているようです。ユニークな任天堂純正の拡張周辺機器などの発売もあり、2012年での成長も楽しみなハードです。
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| 待望の本格マリオ「スーパーマリオ3Dランド」もついに発売された |
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| まさかの後付け・右アナログスライドパッドの純正オプションが登場 |
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| 3DS最高峰グラフィックスの呼び声も高い「BIOHAZARD REVELATIONS」は2012年1月26日発売。 コンフィギュラブルシェーダでここまでできる |
対するはソニーのPSVITAです。
ソニー・コンピュータ・エンターテインメント(SCE)は、今年1月にPSVITAを発表し、2011年内の発売を予告しました。ご存じのように、後に東京ゲームショウのタイミングで日本国内での発売日が2011年12月17日と発表されています。
そのスペックが強調されがちなPSVITAですが、これまでのプレーステーション(PS)ファミリーとは、そのスペック方針がそれまでとは少々異なっています。
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| 実質的なPSPの後継となる「PSVITA」。新世代の携帯ゲーム機として2011年12月に発売 |
それは、汎用のIPコアを寄せ集めてきてコアアーキテクチャを形成しているということです。これまでのPSファミリーは、初代PS以降、PS2,PS3,携帯型のPSPも含めて、ほぼ各ハードのために専用のカスタムチップを起こしてきていました。
ところが今回のPSVITAは、もちろんカスタム部分はあるのですが、既にスマートフォンで採用されていているARM社のCORTEX A9ベースのCPUと、Imagination Technologies社のPowerVR SGX543ベースのGPUというメジャー製品を組み合わせたものになっています。
確かに、CORTEX A9は4コア、PowerVR SGX543も4コアで、現行スマートフォンでここまで贅沢なものは2011年時点では無いのですが、2012年になると分かりません。詳しくは後述しますが、2012年以降になるとカーナビやスマートテレビといった製品もPSVITAに肉迫するスペックを備えてきますし、ハイスペックスマートフォンの一部はDirectX11世代のグラフィックスコアを搭載するものも出てくるといわれています。その意味では、スペック的な視点で見れば、PSVITAのハイスペックさをアピールできるのは極めて短期間ということになるかもしれません。
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| PSVITAに採用されたCPUコアはARM CORTEX-A9のクアッドコア版 |
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PSVITAに採用されたGPUコアはImagination TechnologiesのPowerVR SGX543MP4+。 "MP4+"はクアッドコア版の拡張仕様を意味する。 |
こうした状況になった理由として「リーマン・ショックを発端とした世界経済危機によって開発予算が掛けられなくなったため」ということがよく言われます。それも確かにありますが、最も大きいのはPSPが発売された2004年当時と2011年現在では小型携帯機器を取り巻く状況が変わってきてしまったことでしょう。
2004年当時は、PSPが要求するハイスペックに応えられるCPUやGPUの組み込み向けIPコアはほとんどありませんでした。ちなみにiOSを搭載するARM+PowerVRのデファクトスタンダードスタイルを採用したスマートフォンの先駆者iPhoneも初代モデルは2007年発売です。フルカスタムのプロセッサを新規設計して量産化するまでには、(規模にもよりますが)1~2年は掛かるので、PSPは当時、欲しい性能を実現するプロセッサがなかったために自ら起こすしかなかったのです。
PSVITAは業界誌「IQ」のインタビューで、2008年から開発スタートをしたことを明らかにしています。2008年というと、組み込み業界が一気にスマートフォン向けのプロセッサ(IP)開発競争に突入した頃です。SCEとしては、2008年頃からフルカスタムのプロセッサを作ったとしても、3年後の発売予定の2011年には、競争と進化のスピードが猛烈な状況にある専業メーカーのCPUやGPUのIPコアを性能的にもコスト的にも大きく上回れる可能性は低い判断し、今回のようなスペックになったと思われます。
こうした判断は、実はPS3の開発時にも行われています。PS3のCPUはCELLプロセッサであることはよく知られていますし、PS3のGPU・RSXがGeForce7800GTXベースなのは知っている人も多いことでしょう。実は、PS3開発当時、東芝が中心となってCELLプロセッサベースのグラフィックスコアの開発が行われていました。その開発技術の一部の内容は特許ドキュメントとして公開されています(下図)。PS3の開発が進行していた2004~2005年当時、SCEは、開発途中にあったCELLプロセッサベースのグラフィックスコアが、その当時、進化スピードが著しかったATI(当時)やNVIDIAのGPUと比較して性能的に競争力が乏しいと判断し、この開発をキャンセルしてNVIDIAのGeForce7800GTX相当のアーキテクチャのライセンスを受ける判断をしたといわれています。
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| CELLコアベースのグラフィックスチップの形 |
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| PlayStation3開発初期にはこの形のグラフィックサブシステムも検討していたと思われる。 |
ただSCEも「PSVITAのハイスペックアピール」ができるのが短期間であることはよく分かっており、2011年中盤以降、SCEは「携帯ゲーム機ならでは新しい遊びを提供するプラットフォーム」としてPSVITAを訴求しています。
その「新しい遊び」の筆頭としてSCEが力を入れてアピールしているのが「Augmented Reality」(AR:拡張現実)ゲームです。
PSVITAには3軸ジャイロセンサー、3軸加速度センサー、3軸電子コンパスといった充実したセンサー群が搭載されるだけでなく、撮影フレームレート120fps(320×240ドット)、60fps(640×480ドット)の高速度撮影対応カメラデバイスも搭載されています。また、3GモデルにはGPSが内蔵され、WiFiモデルにもWiFiロケーション機能が提供されます。こうしたスペックは、現実世界の中でプレーヤーがPSVITAを「どこで、どう操作しているか」を把握しつつ、現実世界の情景にCGを破綻なく合成して、しかも相互にリアルタイムインタラクションさせる仕組みを提供するにはおあつらえ向きです。
| PSVITAでは幾何学模様をプリントしたARマーカーではなく、実体物を認識させてのARに対応する。この辺りの仕組みについては本連載「CEDEC編」で解説している |
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| SCEはARゲームへの取り組みに真剣だ。画面は現実世界の視界にCG化されたプレーヤー自身を登場させて対戦格闘が出来る「リアリティ・ファイター」より。 |
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| PSVITAの内蔵センサーを効果的に活用した新感覚操作系のゲームプレーを提供する「GRAVITY DAZE」も期待の作品 |
またPSVITAでは、5インチの有機ELパネルだけでなく、背面にも同サイズのマルチタッチ入力パッドが搭載されています。これはイロモノ扱いされがちですが、実は一般的なタッチ入力対応ディスプレーとは違い、タッチしている指が映像を隠さずに入力出来るメリットがあるため、ARゲーム操作には非常に適したインターフェースデザインといえます。
SCEでは、PSVITAを有望なARゲーミングプラットフォームに育て上げるべく、PSVITA向けのARゲーム開発を支援するための標準ARライブラリを提供することも明らかにしており、ARへの取り組みの本気度がうかがい知れます。
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| PSVITA背面に配される、表面の映像表示サイズと同サイズの背面タッチパッド。 指先で画面を遮蔽しないため、AR向きのタッチ操作系として訴求されている |
なお筆者個人的には、使いにくかったアナログスライドパッドが親指で操作しやすい立体的なアナログスティックになり、さらにそれがツインスティック化された点が気に入っています。これはデザインを重視するあまりゲームの遊びやすさに対する配慮に欠けたPSPへの反省であると同時に、普通のハードコア・ゲーミングファンへの配慮といった部分だと思います。ARゲームが流行らなかったときには、PSVITAは生真面目な携帯ゲーム機としてもやって行けそうな気はします。
1年後、3DSとPSVITAがどのように成長しているか、そしてユーザー立ちにどう受け止められているか、興味のあるところです。
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| ついに携帯ゲーム機に立体的な本格アナログスティックが装備された |
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| PSVITAにも発売が決定した「ストリートファイター×鉄拳」。 アナログスティックにより、操作難度の高いゲームもちゃんとプレーできるようになるか? |
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